歯科医師が患者の診療を拒否できる場合とは?

 先生方も人間ですので、歯科医院の運営の妨げになるような患者は受け入れたくないと思うのではないでしょうか。では、そのような対応はできるのでしょうか?診療拒否という言葉を聞くと、先生方の頭には応招義務という言葉も浮かんでくると思います。
 今回は、歯科医師が診療拒否できる場合があるか否かについて、応招義務の一般的な考え方とともに説明いたします。

1 原則診療の求めを拒んではならない~応招義務

 まず、応招義務について説明します。

1-1 応招義務とは

 歯科医師は、診療治療の求めがあった場合には、「正当な事由」がなければ、これを拒んではならないものとされています(歯科医師法19条1項)。
 歯科医師に課されるこのような義務を、応招義務といいます。

1-2 「正当な事由」とは

 「正当な事由」については、以下のような行政解釈が示されています。

  1. (昭和24年9月10日医発第752号)
     何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきである
  2. (昭和30年8月12日医収第755号)
     医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって、患者の再三の求めにもかかわらず、単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは、第19条違反を構成する

 この行政解釈からすれば、正当な事由に該当するか否かの判断は個別具体的な事例によるものの、正当な事由に該当する場合は「事実上診療が不可能な場合」に限られ、その判断基準は相当厳格といえます。

1-3 応招義務違反の効果

 応招義務に違反した場合、刑法上は罰則がありませんが、応招義務違反を繰り返すと、「歯科医師としての品位を損するような行為」(歯科医師法7条2項)に該当するとして、歯科医師免許の取消し又は停止を命じられることもあるので、注意が必要です。
 また、民事上、診療拒否により損害が発生した場合に、正当な事由があることを医院側が主張立証しない限り過失が事実上推定される旨の裁判例が存在し(神戸地裁平成4年6月30日判決等)、歯科医院側が損害賠償責任を負う可能性があるといえます。

2 具体例

 では、以下のような場合に診療拒否ができる「正当な事由」があるといえるのか、具体的にみていきましょう。

2-1 診療費を支払わない患者

 行政解釈によれば、「医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない」(昭和24年9月10日医発第752号)とされています。
 そのため、歯科医院側としては、診療を受けるための費用を持っていないという理由だけで診療拒否をするのはリスクがあるといえ、不払いの理由を聞く必要があります。もっとも、資力がある患者で、理由なく診療費を支払わないような場合には、緊急を要する治療でない限り、未納の治療費を支払わなければ診療を拒否するというような対応をすることも許されるのではないかと考えます。

2-2 診療受付時間外の診療申込み

 行政解釈によれば、「診療時間を制限している場合であっても直ちにこれを理由として急施を要する患者の診療を拒むことはできない」(昭和24年9月10日医発第752号)とされていますので、急患の場合は応招義務があります。
 逆に言えば、急患ではない場合には応招義務はありません。
  

2-3 予約時間外で診療を求めてきた場合

 歯科医院の診療が予約制かどうかは、「正当な事由」の判断にあたって考慮されません。
もっとも、応招義務は予約外の患者を特別扱いすべきことを義務付けるものではないため、診療を求めてきた患者が急患でなければ、予約の患者を優先して扱ったり、予約中の患者の診療のために対応できる歯科医師がいないことを理由に診療拒否したりすることも許されるのではないかと考えます。

2-4 暴力団関係者からの診療申込み

 都道府県の暴力団排除条例には、暴力団関係者に金品等の財産上の利益を与えることを禁止する旨の規定(利益供与の禁止)があります(ex東京都暴力団排除条例24条)。
 この規定は医療機関にも適用されますが、診療行為は応招義務という法令上の義務に基づくものであり、利益供与には該当しないとされています(東京都暴力団排除条例Q&A Q13)。
 よって、患者が暴力団関係者だと分かったとしても、診療が利益供与に該当しない以上、応招義務はあるといえ、暴力団関係者であることを理由に診療を拒否することはできません。

2-5 クレーマーからの診療申込み

 歯科医院側に落ち度のないクレームを述べてきた(述べている)患者から診療申込みがあった場合でも、基本的には上記行政解釈のいう「事実上診療が不可能な場合」に該当しないことから、診療を拒否することはできないと考えます。
 もっとも、再三の注意にもかかわらず医師やスタッフに対して暴言を繰り返してきたり、診療に非協力的な態度をとったりするハードクレーム患者については、歯科医師と患者との信頼関係が著しく損なわれたとして「事実上診療が不可能な場合」に該当するとして診療拒否することも許されるのではないかと考えます。
 なお、ハードクレーム患者への対応方法については、こちらの記事をご参照ください。

3 まとめ

 以上、応招義務は先生方にとって厳しい義務ともいえますので、その範囲をしっかりと理解したうえで診療にのぞみましょう。
 診療拒否しても良いかどうか悩まれるようなことがありましたら、お気軽にご相談ください。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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