歯科医が知っておくべき証拠保全の流れと留意点

 歯科医院を経営する先生方であれば、証拠保全という用語を聞いたことがあると思います。
 証拠保全はある日突然実施されます。手続の概要を知っておかないと、その場で何をしていいのか分からずあせってしまい、当日の歯科医院の業務に影響が出たり、不用意な発言が後の裁判で歯科医院側に不利な証拠となってしまったりすることもあるので、予め手続の概要及び留意点を理解しておく必要があります。今回は、歯科医師が知っておくべき証拠保全の流れと留意点を説明します。

1 証拠保全とは

 証拠保全とは、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情がある」ときに実施される法が定めた証拠収集手続(民事訴訟法234条)で、歯科医院を対象にしてなされる場合は、医院側において保有するカルテ等の改ざんや破棄を防止するために、患者側の申立てにより実施されるものが一般的です。

2 証拠保全の流れ

 先生方の中には、証拠保全という用語は知っていても、実際に申し立てられたことはなく、具体的にどのような手続で行われるのか知らない方も多いと思います。以下では、証拠保全手続の流れを説明します。

2-1 ある日突然実施される証拠保全

 証拠保全は、歯科医院側で保有している証拠(カルテ等)の改ざんを防止するなどの趣旨から、手続実施の1時間から2時間前に裁判所の執行官が来院し、「検証期日呼出状」及び「証拠保全決定」という書類を交付して歯科医院側に通知します。歯科医院側としては、このときはじめて証拠保全が申し立てられたことを知ることになります。
 証拠保全決定には目録がついており、歯科医院は、営業中であると否とにかかわらず、上記通知書類交付から手続実施までの間(1時間から2時間)に同目録記載の書類を準備する必要があります。
 このように、証拠保全は、歯科医院側にとって前触れなく突然実施されるという特徴があります。
 なお、証拠保全決定に対して不服申立てはできないので(民事訴訟法238条)、申し立てられた歯科医院側の初期対応としては、上記目録記載の書類を準備するしかありません。

2-2 証拠保全の実施

 証拠保全手続開始時刻になると、裁判所、患者側の代理人弁護士及びカメラマン等が来院し、会議室や面談室において、カルテ等の写真を順次撮影します。電子カルテの場合は、プリントアウトすることにより保全されます。
 このとき、歯科医院を経営する先生方や、その患者の担当医が必ず立ち会わなければならないということはありません。もっとも、裁判所等から資料の提出が求められることもあるため、少なくとも、資料等の保管場所を把握しており、提出の可否について判断できる職員に立ち会ってもらった方が良いです。
  

3 証拠保全における留意点

 証拠保全手続の流れは上記のとおりです。次は、証拠保全における一般的な留意点を説明します。

3-1 目録記載の資料を全て提出しなければならないのか?

 目録記載の資料を所持しているにもかかわらず、正当な理由なく提示しないということになれば、後の訴訟で証拠改ざんを疑われることがあり、無用な争いが生じるため、基本的には目録記載の資料を全て揃えておき、提示すべきです。
 この点、保険会社に提出するために作成した「事故報告書(アクシデントレポート)」や医療事故調査委員会による調査報告書の事情聴取部分などといった文書は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(民事訴訟法220条4号ニ)として、提出義務がないと考えられています(京都地裁平成23年2月8日決定、東京高裁平成15年7月15日決定等参照)。もっとも、上記文書に該当するか否かは個別具体的な事情によって異なり、判断に迷う部分もあると思いますので、可能であれば、通常作成する書類が提示義務のあるものであるか否かを事前に顧問弁護士等と相談しておき、対策メモ等にしてまとめておきたいところです。
 なお、目録記載の資料が倉庫等に保管されている場合には、別保管にしているため直ちに提示できないこと及びその合理的理由を説明し、後日提出する旨述べ、調書に記載してもらうことが重要です。調書に記載してもらわないと、後で言った言わないという問題になる可能性があるため、この点にも留意してください。

3-2 証拠保全時の発言には注意する

 証拠保全に際しては、裁判官や患者側の代理人弁護士から、カルテ等の保管方法等につき質問がされます。
 診療行為の内容に関する事項にまで質問がなされることもありますが、そのような質問に答える義務はありません。むしろ、証拠保全時の発言は、後日裁判の資料とされる可能性があるため、不用意な発言をしないよう注意が必要です。

4 まとめ

 今回のまとめとしては、

  1. ・証拠保全は歯科医院側にとって前触れなく突然実施される
  2. ・証拠改ざんを疑われることを防止するため、目録記載の資料を手続開始までに揃えておく必要がある
  3. ・証拠保全実施時に不用意な発言をしないよう注意すべき

ということになります。
 証拠保全が実施された場合には、後で訴訟提起される可能性が高いので、弁護士等の専門家に相談することも検討してみてください。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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