歯科医が知っておくべき医療訴訟の流れ
権利意識の高まりとともに、声高な主張や裁判が増えている中、先生方が医療訴訟を訴えられる可能性も皆無とはいえません。主張立証に専門的な知識が必要となる医療訴訟において、先生方が手続の概要を知っておくことは、最終的に歯科医院の経営を守ることにもつながります。
そこで、今回は、医療訴訟の流れについて説明いたします。
目次
1 医療過誤によって発生する責任
医療訴訟は、治療を担当した医師の治療方法(説明を含む)・内容にミス(医療過誤)がなかったかどうか等が争われます。
医療過誤によって発生する責任には、大きく分けて以下の3つが挙げられます。
- ①民事上の責任
- ②刑事上の責任
- ③行政上の責任
このうち、②刑事上の責任については、刑事裁判等により、業務上過失致死傷罪の成否が問題となり、③行政上の責任については、歯科医師免許の取消し等が問題となります。①民事上の責任について、医療過誤の有無等を争うのが医療訴訟となります。
2 医療訴訟の法的整理
医療訴訟を争う法的構成としては、不法行為責任と債務不履行責任が考えられます。
いずれの法的構成においても、争いの主な対象となるのは、過失(注意義務違反)の有無、損害の範囲、因果関係の有無等となります。
3 医療訴訟の流れ
では、医療訴訟の大まかな流れを説明します。
3-1 訴訟提起から第1回期日まで
まず、患者側が歯科医院側に訴えを提起し、裁判所において訴状の審査が行われた後、訴状が先生方の自宅又は歯科医院に届きます。
訴状には、訴額(請求金額)、請求の趣旨(判決の内容としてほしい文章。「~円を支払え」など)、請求の原因(訴えの内容)等が記載されており、証拠も添付されています。さらに、第1回目の期日が記載された書面も同封されており、同期日までに答弁書を提出しなければならない旨も記載されています。
第1回目までに答弁書を提出しなければ、原告(患者側)の請求が全面的に認められることになるため、請求の内容を争うのであれば、答弁書を必ず提出する必要があります。
第1回期日の日時は被告(歯科医院側)の都合を聞かずに設定されるため、出廷できない場合や、詳細な反論ができない場合には、答弁書に次回までに認否することを記載して提出し、出廷しないことも可能です。
3-2 第2回期日から弁論終結まで
答弁書において実質的な認否反論をしない場合、第2回目期日までに認否反論の準備書面を提出する必要があります。この書面で争いの対象(争点)が大筋決まることになります。
その後、お互いに争点に関して主張立証のやりとりを何度かした後、裁判所が当事者又は関係者の話を直接聞く必要があると判断した場合には、当事者尋問又は証人尋問が実施されます。
尋問手続が実施され、協議(和解)による解決も見込まれないとされた場合、弁論を終結し、判決期日が指定されます。
3-3 判決からその後の手続
判決期日に判決がなされますが、その判決に不服がある場合には送達から2週間以内に不服申立て(控訴)ができます。この不服申立ては2回まで可能ですが、2回目の不服申立て(上告)は、法的解釈を主に争うものであり、実質的に訴えの内容となる事実を争うのは控訴審までとなります。
4 医療訴訟の留意事項
医療訴訟は、通常の訴訟と異なり、専門的知識を要する点で、通常の訴訟に加えて留意すべき事項がいくつかあります。以下で項目ごとに説明します。
4-1 専門委員
医療訴訟には、医学的知識に精通した専門委員(多くは医師)が選任され、専門家としての意見が述べられます(民訴92の2)。専門委員の意見には法的拘束力はありませんが、判決の参考になることが多いです。
4-2 弁護士の選任
弁護士を代理人として選任すれば、原則として、尋問手続以外に出廷する必要はありません。
裁判は平日の日中に行われるため、歯科医院を運営・管理し、かつ患者様の治療を行っている先生方が出廷するのは事実上困難なことも多く、弁護士を代理人とすることが多いです。
4-3 カルテ等の翻訳
カルテ等はドイツ語や略語が記載されていることが多く、裁判の証拠として提出する場合には、提出する側において翻訳が必要となります。
4-4 平均的審理期間
現在、医療訴訟の第1審における平均的な審理期間は、22か月~23か月となっています。
先生方の感覚としては長いと思われるかもしれませんが、裁判の期日は1か月~2か月に1回の頻度で行われることが多く、医療訴訟は争いの対象となる事項が専門的であるため、審理期間も上記のようになっています。
5 まとめ
医療訴訟の手続概要を図にまとめると以下のようになります
医療訴訟は医療に関する知識と訴訟手続に関する知識の両方が必要になります。そのため、先生お一人で訴訟を担当される場合にはかなりの時間や労力がかかることが予想されます。
先生方の本職は歯科医院の運営及び歯の治療であり、担当されている患者様にとって先生方は「余人をもって代えがたい存在」です。万が一訴訟が提起された場合には、先生方のご負担を減らすために、専門家へのご相談をご検討されることをお勧めします。
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