医療法人・歯科医院を相続させる際の留意点

厚生労働省が公表しているところによれば、平成28年12月31日時点における歯科医師数は、101,551人、そのうち25,542人が60歳~69歳、7,763人が70歳以上となっており、約3分の1の歯科医師が60歳以上となっています。

ご高齢の先生方の場合、運営する医療法人・歯科医院の相続や事業承継を考えている先生もいらっしゃると思います。
また、もしもの時のために遺言を残したいと考えている先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。

歯科医院を相続させる際、後継者ではない相続人がいる場合、争いのない相続にするために、留意すべき事項がいくつかあります。

今回は、医療法人・歯科医院を相続させる際の留意点について説明いたします。

1 相続の基本的知識

相続の対象は、個人が有する資産と負債です。
遺言や遺産分割協議がない場合、資産と負債は、法定相続分に基づき相続人に帰属します。

たとえば、被相続人の資産・負債が預金1000万円、借金400万円であり、相続人として、妻、子2人がいる場合を想定すると、その法定相続分は妻が2分の1、子がそれぞれ4分の1ずつとなりますので、預金と借金はそれぞれ以下のとおり帰属します。

  1. 妻:預金500万円、借金200万円
  2. 子:それぞれ預金250万円、借金100万円ずつ

また、各相続人には、「遺留分」と呼ばれる最低限の相続財産取得に関する権利があり、法定相続分の2分の1が遺留分の割合となります。
上記の例でいうと、妻には4分の1、子にはそれぞれ8分の1の遺留分があるということになります。

つまり、後継者である子の一人に資産、負債を全て引き継がせるような遺言を書いた場合にも、他の相続人から「遺留分」の請求があった場合には、全て引き継いだ子は、遺留分の割合の資産を他の相続人に渡さなければなりません。

上記の例は、分配のしやすい金銭でしたが、不動産や医療機器等の分配のしにくい資産の場合には、その資産の金銭的価値を巡って争いになることがありますので、遺言を残す際には、この「遺留分」に注意する必要があります。

さらに、金銭でない資産の場合には、相続人が金銭でない資産を相続した際、相続税をどのように支払うかについても注意が必要です。

2 医療法人の相続

上記では相続の基礎知識である法定相続分と遺留分について解説しましたが、その知識を前提にして、医療法人の理事長の先生方向けに、相続の注意点を解説します。

2-1 医療法人と個人の財産は別

医療法人は、法主体として個人と同様の扱いを受けます。
つまり、医療法人と個人の財産は別であり、理事長個人の相続の対象にはなりません。

また、理事長の地位や社員の地位は相続の対象ではなく、理事や社員が亡くなった場合には、新たな理事や社員を社員総会や評議員会等で決めることとなります。

2-2 出資持分の定めのある社団医療法人の注意点

もっとも、出資持分の定めのある社団医療法人(平成18年の医療法改正前に設立された医療法人が対象となる可能性があります)の場合、医療法人の定款で社員が死亡等によって社員資格を喪失した場合には出資持分の払戻請求権があることを定めているものが多く、そのような定款の定めがある場合には出資持分払戻請求権が相続の対象となります。

この場合、遺言等により、後継者である子に出資金払戻請求権を相続させることができれば、後継者である子が医療法人の社員となり、出資金支払義務と出資持分払戻請求権を相殺することにより、実質的に社員の地位を引き継ぐことができます。

この点、払戻請求権についての定款の定めによっては、払い戻される金額が多額となることがあり、先ほど述べた「遺留分」の問題が生じますので、この点に注意が必要です。

2-3 出資持分の定めのない医療法人の注意点

出資持分の定めのない社団医療法人や財団医療法人の場合、相続の対象となるものはありませんので、「遺留分」の問題は生じません。
もっとも、上記で述べたとおり、理事や社員の地位は相続されないので、生前に後継者を理事や社員にするか、死後にそうなるよう根回しをしておく必要があります。

2-4 医療法人における相続の注意点まとめ

以上の医療法人における相続の注意点をまとめると、以下のとおりとなります。

  1. ・出資持分のある社団医療法人の場合、出資持分払戻請求権の金額、遺留分に注意が必要
  2. ・理事や社員の地位は相続されないので、生前に根回し等をしておく必要がある

3 歯科医院の相続

医療法人でない歯科医院の場合、その歯科医院の資産は当該資産を所有する個人に帰属することになりますので、歯科医院の資産も相続の対象となります。
そのため、歯科医院の権利義務を後継者に相続させる内容の遺言等を残せば、歯科医院の資産を後継者に譲ることができます。

この場合に、注意が必要なのは、上記1でも述べた「遺留分」となります。

また、歯科医院の開設者の地位は相続できませんので、後継者は開設手続を行う必要があります。
新たな開設手続を行いたくないとうことであれば、生前に後継者を開設者に変更し、資産や負債は先生方がお持ちになる等の方法で、ご対応していただければ良いのではないかと考えます。

まとめると、個人の歯科医院の相続における注意点は、以下のとおりとなります。

  1. ・後継者に資産・負債を承継させるために遺言を作成する際には、「遺留分」に注意が必要
  2. ・開設者の地位は相続されないので、生前に後継者を開設者に変更する等の手続をとっておくべき

なお、歯科医院の保有する資産・負債を生前に承継させる方法をご検討されている場合には、以下の記事もあわせてチェックしてみてください。

4 まとめ

医療法人・歯科医院の相続に関する一般的な注意点は上記のとおりですが、それぞれの医院の形態や資産の大小、相続人の数等によって、とるべき対策は異なってきます。

相続人間で争いが生じることは、先生方にとっても本意ではないはずですので、後に問題の生じないような対策をとっていただければと思います。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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