親から子への歯科医院の承継

 最近、歯科医院の事業承継に関するご相談・ご依頼が増えています。その理由は、節税等の税務上の理由、開設者の引退等の運営上の理由、財務状況の悪化等の財務上の理由等様々ですが、事業を承継する側・される側双方にとって利益のあるものになることが理想であることに異論はないと思います。
 今回は、歯科医師の親から歯科医師の子への歯科医院の事業承継について説明いたします。
 なお、以下では、医療法人ではなく、個人経営の歯科医院を想定して説明しています。医療法人の事業承継については、次回以降に説明いたします。

1 事業承継の法的位置づけ

 個人で運営している歯科医院の事業承継を行う場合、その法的な位置づけは事業譲渡となります。
 事業譲渡については会社法上に規定があり、判例によれば、「一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し、これによって譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社からの用途の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うもの」をいうとされています(最高裁昭和40年9月22日判決)。

2 親から子への事業譲渡の流れ

 事業譲渡は、譲渡する個々の資産について特定し、それらを譲渡する旨の契約を締結して譲受人に受け継がせます。
 そのため、親から子への事業承継の大まかな流れとしましては、①承継条件を合意し、②合意に基づき承継手続を実行していくということになります。
 この過程で注意すべき点を以下で説明します。

3 事業譲渡の留意事項

 事業譲渡をする場合に、留意すべき事項としては、以下が挙げられます。

  1. ①不動産
  2. ②リース物件
  3. ③備品等
  4. ④債権債務
  5. ⑤従業員との契約
  6. ⑥患者様との関係

 イメージとしては、税金が関わってくる部分、第三者が関わってくる部分については注意が必要と考えていただければと思います。以下個別に説明します。

3-1 不動産

 事業を譲り渡す側(親)が歯科医院の土地建物等の不動産を所有しており、これを事業承継に伴い譲受人(子)に譲り渡したい場合、法的構成としては、売買、贈与、賃貸借、使用貸借といった方法が考えられます。
 この点、売買や贈与による方法は税金の問題(譲渡所得、贈与税)が関わってくることに注意が必要です。
 また、賃貸借の場合には、譲受人との間で月額賃料の取決めが必要となります。
 相続で子が当該不動産を引き継ぐということであれば、生前の事業承継段階では使用貸借を検討されるのも良いと思います。
 このあたりは、当該不動産の価値や親・子の財務状況により異なってくるところですので、税理士様にご相談されて、どの方法が税務上ベストなのかという観点からご判断いただければ良いのではないかと思います。
 なお、歯科医院の土地建物が賃借物件である場合には、事業承継に際して、貸主との間で、契約名義変更又は新たな契約の締結の交渉をする必要があります。名義変更と新たな契約の締結のどちらが良いかについては、賃貸借契約の規定や貸主の意向にもよりますので、契約条項等をみて、歯科医院にとってメリットになる方法を判断していただければと思います。

3-2 リース物件

 治療に用いる機器等は、リース物件であることも多いです。その場合、事業譲渡に伴い契約者を変更するには、リース貸主の同意が必要となります。
 同意を得られない場合には、リース物件を引き揚げられてしまう可能性もあるので、事業譲渡の前にリース会社に相談することが必要になります。
 また、親から子への承継ですと、子への契約名義の変更は認めるが、親にも連帯保証人として契約関係に残ってもらいたいと提案がされることも少なくありません。
 契約名義人の変更の条件は、リース会社との協議次第ということになりますが、リース料の不払いがない状態であり、親から子への承継であれば、名義変更について同意を得られないということは基本的にはないと考えていただければと思います。

3-3 備品等

 備品等についても不動産と同様、売買や贈与といった方法が考えられます。
 どの備品を引き継ぐのかを含め、このあたりも税理士様とご相談のうえ決めていただくのが良いのではないかと思います。

3-4 債権債務

 債権債務関係は、事業承継によって自動的に引き継がれるわけではなく、原則として譲渡人に残ります。
 そのため、債権債務関係を譲受人にのみ引き継がせるためには、債権者・債務者の同意が必要になります。
 金銭の債権債務についてはどこまで承継させるかという問題もありますので、承継しないということも選択肢の一つだと思います。

3-5 従業員との契約

 従業員との契約関係についても、事業譲渡によって当然に引き継がれるわけではなく、引き継ぐ場合には新たに雇用契約を締結する必要があります。
 労務問題は金銭面の問題のほかに感情面の問題もあり、後者の問題が強い場合には解決に時間と手間がかかります。そのようなリスクはできるだけ抑えた方が良いので、従業員への説明をしっかりとおこない、契約書を締結しなおすことをお勧めします。

3-6 患者様との関係

 患者様との関係では、治療を担当する者が変更になる問題とカルテ等の個人情報の引継ぎの問題があります。
 前者については患者様に担当者等の変更を説明のうえ、同意をいただくしかありませんし、場合によっては親や従前の担当者が引き続き治療を担当することも検討すべきです。
 後者については、事業の承継に伴って個人データが提供される場合には患者様からの同意を要することなくカルテ等の個人情報を引き継ぐことができます(個人情報保護法23条5項2号)。もっとも、カルテの保存義務は承継後も親にあるため、保管については承継後も注意をすべきといえます。

4 親から子への事業承継の時期

 親から子へ歯科医院を承継の時期として、親の生前か死後かによって手続が異なります。

4-1 生前承継

 生前承継の場合、事業を譲り渡す側(親)は事業の廃止届を関係諸機関に提出する必要があります。
 他方、譲り受ける側(子)は、新規開業の手続をすることになります。
 新規開業の場合、開設届を提出したとしても、保険医療機関の指定の承認を受けた以降でなければ保険診療ができませんが、事業承継の場合、譲り受ける側(子)が保険医認定申請等の提出とともに遡及願いを提出し、これが認められれば、開設時に遡って保険診療ができることになります。
 これが生前承継のメリットといえるでしょう。

4-2 死後承継

 親の死後、子が歯科医院を承継する場合は、相続人である子が死亡した親の廃業手続と準確定申告を行う必要があります。
 その後、生前承継の手続同様、子が新規開業手続を行い、遡及願いを提出することになります。
 なお、死後承継の場合、譲渡契約書の作成は不要ですが、従業員との契約関係は相続によって当然に引き継がれるわけではないので、改めて契約をしなおす必要があります。

5 派生問題

 事業承継に絡み、いくつか問題が生じ得ますので、以下で解説します。

5-1 相続問題

 親から子へ事業承継する場合、子が複数いる場合等には、相続問題が発生する可能性があります。
 具体的には、後継者である子が承継した財産が親の有する財産のほぼ全てといった場合には、他の相続人には遺留分が発生することになり、歯科医院の財産について遺留分減額請求がなされる可能性があります。
 また、後継者が生前贈与を受けて歯科医院の売上げがあがり、価値があがったというような場合には、どの時点の価値が被相続人である親の財産といえるのかについて争われることもあり、理論的にも難しい問題が生じてしまいます。
 このようなことを防止するために、親は相続人である子に対して遺産の分配のあり方についてしっかりと説明したうえ、場合によっては遺留分を放棄する手続等をしてもらうことも検討すると良いと思います。

5-2 事業譲渡契約書作成の要否

 親から子への事業承継の場合、その人的関係から契約書を作成しないということも見られます。
 しかし、親子と言っても考え方は違うので、双方の認識に齟齬が生じる可能性は捨てきれませんし、税務上書面を残しておいた方が有利となる場合もあります。
 そのため、親から子への事業承継といえども、事業譲渡契約書は作成したほうが良いといえます。

6 まとめ

 事業承継は様々な分野の問題に目を向けなければならないことから、面倒な手続であるといえますが、歯科医院の存続を考えた場合には必要かつ重要な手続といえます。
 注意すべき点を中心に検討し、承継する側・される側双方にとって利益となるものを目指しましょう。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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