外国人旅行者が治療に来た場合の対応
訪日外国人旅行者は年々増えており、2018年には3000万人を超える旅行者が訪日しているとの統計も出ています。
これだけの人数の旅行者が日本を訪れているので、日本での急な怪我等で歯科医院を訪れる人もいます。
もし自院に外国人旅行者が治療をしに来た場合、歯科医院としてどのような対応をすれば良いのか分からないこともあるかと思います。
今回は、外国人旅行者に対する治療の注意点や応招義務との関係を含め、外国人旅行者が治療に来た場合の対応について説明いたします。
1 言語の問題
外国人旅行者が治療を求めてきた際、最も困ることは言語かと思います。
以下では、言語の問題について注意すべき点を説明します。
1-1 説明資料
治療を行う場合、どのような症状を訴えているのかを把握しなければなりませんし、説明すべき事項は患者さまに分かるように説明する必要があります。
また、海外の方は日本の医療制度になじみがない方も多くいらっしゃるので、日本の医療制度がどのようなもので、治療費がどの程度になるのかについても説明した方が良いといえます。
さらに、外国人旅行者の場合、日本語が十分に理解できないことが多いため、その説明は外国語で行う必要があります。
そうすると、説明すべき事項は、お互いの認識に齟齬をきたさないよう、書面によって行うべきといえるでしょう。
厚労省のウェブサイトでは、5か国の言語(英語・中国語・韓国語・ポルトガル語・スペイン語)について、診療申込書や問診表等を用意しておりますので、このような書式を参考にして、自院用に用意しておいていただければと思います。
1-2 通訳
実際に治療する際に、患者さまとコミュニケーションがとれないと、細かい部分の説明をすることが困難になりますし、説明義務との関係でも問題を生じます。
そのため、予め分かっていた治療の場合には、医療通訳や医療コーディネーター等に同行してもらい、通訳を介して説明するということも検討すべきといえます。
また、東京都の場合、都内の医療機関に救急で来院した外国人の患者の通訳サービスとして、「東京都救急通訳サービス」を実施しています。
もし緊急で通訳が必要となった場合には、ご利用を検討いただければと思います。
2 治療費支払の問題
外国人旅行者の場合、原則として、健康保険等の公的医療保険制度の適用がないため、基本的にはすべて自由診療となります。
そうすると、治療を行う歯科医院としては、治療費の支払の確保をしておく必要があるといえます。
当然ですが、外国人旅行者は旅行が終われば帰国しますので、基本的には前払いで支払を受けることが安全といえます。
患者さまの手元に現金がないということであれば、クレジットカードの利用が可能な歯科医院の場合には、カードによる支払も考えられます。
患者さまの手元に現金がなく、かつクレジットカード等を取り扱っていない歯科医院の場合には、最低限パスポート等の確認をし、住所等を把握する必要があるといえるでしょう。
もっとも、海外の住所を把握した場合でも、実際に外国人旅行者相手に訴えを起こし、治療費を回収するという手続は、時間と費用がかかるため、任意に支払ってもらえない限り、実効的であるとまではいえません。
以上からすると、治療前に費用の見込みを伝え、前払いをしてもらうというのが安全な対応といえるでしょう。
なお、最近では、外国人旅行者が海外旅行保険に加入していることも多くなってきていますが、歯科診療は補償対象外となっていることが多いため、保険に加入している旨の申し出があった場合でも、その補償対象に歯科が含まれているか否かを確認した方が良いといえます。
3 宗教上の配慮
外国人旅行者は、宗教や慣習に違いがあるので、無用なトラブルを防止するため、その患者さまの宗教に合わせて対策をとる必要があります。
外国人旅行者が治療に来た際は、診療申込書等に宗教上特別に配慮が必要な事項等がある場合にはその要望を伝えてもらい、要望に応じて治療を行っていくことが求められます。
4 応招義務との関係
歯科医院によっては、外国語の対応をしていないため、外国人旅行者の治療はお断りするという方針もあり得るところです。
その場合、治療の拒絶が応招義務(歯科医師法19条1項)に反しないかが問題となります。
つまり、歯科医師は「正当な事由」がなければ、治療を断ってはいけないという応招義務があるため、外国語での対応ができないからといって治療を拒んで良いのかという問題が生じます。
この点について公式的な見解があるわけではありませんが、応招義務における「正当な事由」は相当厳格に判断されることから、例えば救急の患者さまで、治療費の支払等に不安があるという理由や、国籍が違うからという理由、言葉が十分に通じないといった理由で断ることには問題があるといえます。
もっとも、救急の患者さまにおいて生命・身体の危険がなく、初めから患者さまにおいて治療費を支払う意思がないことが明らかである場合や、全く言葉が通じず、コミュニケーションもとれないといった理由がある場合には、「正当な事由」があるといえるのではないかと考えます。
なお、応招義務の一般的な考え方については、以下の記事もあわせてチェックしてみてください。
5 まとめ
ラグビーワールドカップや東京オリンピックを控え、これからも外国人旅行者の数は増加することが予想されます。
また、特定技能等の新たな在留資格も創設されていることから、外国人旅行者のみならず、外国人患者を受け入れる必要性は増しているといえるでしょう。
こうした状況を踏まえ、厚労省も、平成31年4月11日に「外国人患者受入れのための医療機関向けマニュアル」を公表し、受け入れ体制の整備を促しています。
外国人旅行者が治療を求めてきた場合に備え、対応方法について予め定めておき、適切な対応をしていただければと思います。
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