歯科医院で 従業員の労務管理は 本当に必要か?

 労働者の権利意識が高まる一方で、特に小規模な歯科医院では、潜在的に労働紛争の種を抱えているケースが少なくありません。
 今回は、歯科医院での実際のトラブル事例を交えつつ、労働紛争を予防するために先生方が講じるべき対策について、ご説明していきます。

1 労務トラブルの現状

1-1 歯科医院の今

 特に小規模な歯科医院では、体系的なルール作りまで手が回らず、また患者を優先するあまり労働環境が悪くなることもあるため、潜在的に労働紛争の種を抱えているケースが少なくありません。歯科医師数が10万人を突破し、歯科医院間での競争が激化する一方で、歯科衛生士が不足し、業務負担が重くなっている状況も労働環境悪化に拍車をかけています。

1-2 件数の推移

 厚生労働省の統計によると、都道府県労働局等が提供する総合労働相談への相談件数は、平成26年度に1,033,047件にのぼりました。7年連続で100万件を超えて高止まりしており、この裏では都道府県労働局等への持ち込みまでは至らない労務トラブルが、この何倍も起きていることが想像されます。

1-3 トラブルの主な内容

 この総合労働相談のうち、民事上の個別労働紛争相談(労働基準法違反を伴わない労働条件をめぐる紛争)は238,806件にのぼり、相談内容の内訳は「いじめ・嫌がらせ」(21.4%)、「解雇」(13.4%)、「自己都合退職」(11.9%)、「労働条件の引き下げ」(9.6%)、「退職勧奨」(7.5%)などの割合が高いのが現状です。

労働紛争相談の件数

特に

●パワハラやセクハラ、マタハラを含む「いじめ・嫌がらせ」の件数がこの10年で3倍以上に増加している点

●「解雇」「自己都合退職」「退職勧奨」など退職にまつわるトラブルが合計して3割以上を占めている点

が目立ちます。

1-4 トラブルに悩むのは誰か

 総合労働相談に訪れる相談者の約8割は労働者ですが、事業主からの相談も全体の1割以上を占めています。労働者保護の風潮が強い中で、労働者側の強い主張に自身では対応しきれず、悩んでいる経営者が一定数いることが伺えます。

2 歯科医院の労務トラブル事例

 実際に歯科医院に関連して報告された労務トラブルの事例を一部ご紹介します。

2-1 職場での態度・働き方

・受付担当が髪の毛を明るい茶色にし、派手なメイクとネイルアートをしてきた。
・風邪をひいたために有給をとる旨の連絡が、始業10分前にきた。
・業務中のミスや上司への不満等を、私的なブログに記載していた。

2-2 採用・待遇

・採用時に妊娠していたことを秘匿され、採用後すぐに産休に入ってしまった。
・妥当と思われる金額以上の昇給を求められた。
・残業を依頼することが多くその分残業代も支払っていたが、ある日突然「今後一切残業はしない」と言われた。

2-3 退職・解雇

・医療行為に問題はないが、患者への配慮不足で問題を起こすため、辞めてほしいと伝えたら規定違反だと反論された。
・赤字収支のため整理解雇の対象となると通告したところ、合理性を欠き不当だと主張された。

 これらのトラブルの中には、先生方にも身近に感じられる出来事があるのではないでしょうか。このような問題が起こると、当人との関係が悪化するのみならず、職場の雰囲気悪化や職員の士気低下、解決のための時間的・金銭的コストの浪費等により円滑な医院経営を妨げられてしまう恐れもあります。

3 トラブル回避のために今日からできること

3-1 労務トラブルの原因

 上に書いたような労務トラブルの多くは、経営者(歯科医の先生方)・従業員間で働き方について認識の違いがあったことが原因です。もともと悪意のある従業員は論外ですが、経営者側の「こんなことをされたら困る」という感覚に対し、従業員は悪気なく「ダメだなんて言われていなかったのに後から言われても困る」と考えていることも多いものです。まずは先生ご自身と相手の感覚が必ずしも一緒ではないことをご認識のうえ、双方の認識をすり合わせていくことがトラブル回避の第一歩となります。

3-2 職場ルールの制定

 では、どのように認識をすり合わせるべきなのでしょうか。
従業員との認識の相違をなくし、労務トラブルを防ぐためには、あらかじめ職場のルールを決めて両者で確認しておくことが大切です。
 職場のルールと聞いたとき、まっさきに思い浮かぶのは”労働法”ではないでしょうか。この”労働法”とは、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法の労働三法に加え、労働者派遣法、育児・介護休業法、男女雇用機会均等法などの労働に関わる多数の法律と命令(政令・省令)、通達、判例を含めたものの総称で、国が事業者や労働者に対して労働に関する権利や義務を定めたものです。(※注:読みやすいよう正式な法律の名称でない表現を使用している箇所があります。)
 その他に、職場のルールを定める手段として労働契約書や労働協約、就業規則があります。これらは「労働法」とは異なり、各医院が個別に作成するもので、より細かく各医院に合ったルールを定めることが可能です。

3-3 経営者を守る労働契約書と就業規則

 結論から申し上げると、歯科医の先生方には何より【労働契約書】と【就業規則】をつくることを強くオススメします。
 なぜなら、前述の「労働法」だけでは、経営者たる先生方の身を守るのが難しいからです。労働法は、遵守することが前提ではあるものの、その目的は立場が弱いとされる労働者を守ることにあります。また、労働協約は労働者側に労働組合がないと成立しないので、そもそもこの条件に合わない医院も多いでしょう。
 経営者である歯科医の先生方を守るためには、各医院が個別に規定する労働契約と就業規則が大きなカギを握ります。万一労働者と紛争になった場合には、この2つが経営者の主張を支持する論拠となることが非常に多いのです。

●【労働契約】自体は書面でなくても有効に成立しますが、トラブルを回避するためには、労働条件等の明文化は必須です。
●【就業規則】という従業員全体に適用されるルールも重要ですので、こちらも同様に明文化しておきましょう。

 しっかりとポイントを押さえた労働契約書と就業規則を制定することが、労務トラブルを未然に防ぎ、万が一発生しても早期かつ円満な解決へと導きます。

<< 結論 >>
●労働契約書、就業規則を作成していない場合はただちに作成・明文化しましょう。
●既に制定している場合も改めて内容を見直し、必要な事項が記載されているか、従業員と認識があっているかを確かめましょう。

 労働契約書と就業規則に盛り込むべきポイントについては、別の記事でご説明しますので、しばしお待ちください。

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