就業規則の作り方とトラブル事例

 「歯科医院で 従業員の労務管理は 本当に必要か?」で簡単に触れましたが、働きやすい環境を提供し、無用なトラブルを避けるためにも、医院のルールである「就業規則」を定めておくことは大切です。また、万が一トラブルになった際も、就業規則に沿った主張は正当性が認められやすいものです。今回は、そんな「就業規則」についてご説明します。

1 就業規則のルール

 まず、就業規則に関して法律で定められている点について、ご紹介します。

1-1 届出

 常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければなりません(労働基準法89条)。
●この「10人」には、時として10人未満になることはあっても、普段は10人以上の労働者を使用している場合も該当します。
●「労働者」には、パートタイム労働者やアルバイトスタッフも含まれる点にご注意ください。

 歯科医院では、「常時10人以上」という基準に該当しない場合がほとんどでしょう。その場合は就業規則の作成・届出は義務ではありませんが、いかに少人数であろうとも職場のルールは必要です。トラブルの予防効果や万が一のリスクを想定し、小規模の医院も就業規則はしっかり作っておきましょう。

1-2 記載事項

 就業規則には
●必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」
●定めがある場合に記載が必要な「相対的必要記載事項」
があります(労働基準法第89条)。

 それぞれ、具体的には以下の通りです。
<絶対的必要記載項目>
(1) 始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、シフト勤務の交代期日や順序に関する事項
(2) 賃金の決定、計算・支払の方法、賃金の締切り・支払の時期、昇給に関する事項
(3) 退職・解雇の事由に関する事項

<相対的必要記載項目>
(1) 退職手当に関する事項
(2) 臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項
(3) 食費、作業用品などの負担に関する事項
(4) 安全衛生に関する事項
(5) 職業訓練に関する事項
(6) 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
(7) 表彰、制裁に関する事項
(8)その他全労働者に適用される事項

 これらの項目は、前回の記事でご紹介した「労働条件通知書」と重なる部分があります。だから、両方の内容が同じ場合や、就業規則変更時に労働条件がそれに沿って変わることについて合意している場合は、労働条件通知書に「就業規則に準じる」旨を記載して代用することができます

1-3 作成・変更

 就業規則は、スタッフが完全に賛同していなければ、作成したり変更したりできないのでしょうか?
 答えはNOです。法律上は「就業規則の作成又は変更については、(中略) 労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない」とのみ規定しています(労働基準法第90条1項)。
 つまり、スタッフの意見を聴いてさえいれば、賛同を得られていなくても、就業規則は有効に成立・変更できます。ただ言うまでもありませんが、トラブル回避および円滑な医院運営のためには、スタッフの意向はできる限り汲むことが望ましいですね。

1-4 周知

 就業規則は、スタッフに周知しなければなりません(労働基準法第106条)。
何かトラブルになった際に「知らされていなかった」と言われないよう、スタッフが常に内容を確認できる場所に掲示する、書面で交付するなどしておきましょう。

1-5 効力

 「就業規則」は、「法令」や「労働協約」に反してはなりません(労働基準法第92条)。(※「労働協約」とは、労働組合と使用者で合意した労働条件等のことです。)就業規則を作成するからといって、「無断欠勤した場合には給料半額の罰金」など法令違反の就業規則の部分は無効となりますので、注意してください。
 また、「労働契約」よりは「就業規則」が優位で、就業規則で定める基準に達しない労働契約の条件は無効(就業規則の基準を適用)です(労働基準法第93条、労働契約法第12条)。
 労使間には様々な規定がありますが、これらに齟齬があるとトラブルの原因となるので、それぞれの内容が相反しないよう作成の際は気をつけましょう。

労働協約 > 就業規則 > 労働契約

2 トラブル事例と予防策

 次に、就業規則が適切に作成されていないことによって起こるトラブル事例と予防策を見ていきます。

2-1 ブログへの記載

 患者から「自分の悪口がインターネットに書かれている」と連絡が入った。確認すると、スタッフの1人がプライベートなブログで職場の出来事を書いていることが発覚。仕事で注意されたことや患者への不満が書かれており、医院名や個人名は伏せているものの職場の写真等が載せられていた。本人に注意したが「固有名詞を載せていないので問題ないだろう」と反省の色がない。

 具体的な名称を伏せていても、写真等の要素から医院や患者を特定できる可能性は高く、守秘義務違反にもなりえます。このような問題は一度起こってしまうと患者からの信頼をなくし、取り返しのつかない事態にもなりかねません。

就業規則の服務規定で、業務に関わる内容を私的に掲載したり口外したりしないこと、また違反した場合は懲戒の対象になることを定め、日頃から周知しておきましょう。

2-2 退職までの有給休暇取得

 あるスタッフが1ヵ月後の退職と、退職までのほとんどの勤務日で有給休暇を取得したいと申請してきた。急な退職であり、少なくとも業務の引き継ぎだけはしっかり済ませてほしいが「有給取得は労働者の権利」と言われ、困っている。

 労働基準法では、「使用者は、(中略) 有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」と規定されています(39条4項)。今回の場合は退職日が決まって他の時季に移せないため、有給休暇取得の申請を全て断ることは難しいですが、退職手続きの一環として退職日までに業務の引き継ぎをするよう求めることはできます。

退職の際は後任者への引き継ぎを完了して医院からの確認を受けなければならない、または退職日からさかのぼって2週間は現実的に勤務しなければならない等、就業規則にて定めておくとスタッフもあらかじめ認識できて良いでしょう。

2-3 無断での長期欠勤

 ある日から無断欠勤を続けたスタッフがおり、携帯にかけても連絡が繋がらない。医院ではその穴を埋めるために他のスタッフが休日に出勤するなどで対応していたが、このスタッフを解雇して新たに採用活動をしたい。いつまで待てば一方的に解雇できるのか。

 新規採用のスタッフが1ヵ月程度過ぎて急に出勤しなくなったという話を耳にする機会があります。このような場合に備えて、「スタッフが14日以上無断欠勤をした時には解雇とする」と規定しておくと、この就業規則を根拠に解雇することができます。ただ、2週間以上無断欠勤が続いているからといって、即座に解雇通知を送ると、「不当である」と主張される可能性もあります。そうならないためにも、医院側では無断欠勤したスタッフに連絡を取ろうとした行為についてメモを取ったりメールを送ったりして、証拠を集めておくことも必要になります。
 また、無断欠勤の場合の給料ですが、基本的に、無断欠勤前の期間に働いた分の給与は支払わねばなりません。ただし、欠勤により損害が発生している場合は、それを証明して給与と相殺できる可能性はあります。

解雇については就業規則に記載しなければならない事項になるため、どのような場合に解雇になるか列挙しておく必要があります。できるだけ例を挙げ、最後に「その他やむを得ない事由が生じた場合」と記載しておきましょう。

 なお、給与の支払い方法を「振込または手渡し」としておけば、今回のような場合でも「給与を手渡しで支払うので来てほしい」と主張し欠勤したスタッフと話し合いの機会を持つことが期待できます。

3 まとめ

 休暇や残業、退職などについての規定があるとスタッフは安心して働け、また情報の取り扱いや服装等もあらかじめ定まっていれば無用なトラブルを回避できます。就業規則というルールを浸透させ、先生方もスタッフも働きやすい職場をつくりましょう。
 就業規則作成時のポイント・注意点は、次の記事でご説明しますので、そちらもご参照ください。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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