勤務医との契約が業務委託契約でも雇用と判断される場合とは?

歯科医院を運営する先生方は、勤務医と業務委託契約又は雇用契約を締結していると思います。

勤務医以外のスタッフとの間では雇用契約を締結している場合がほとんどであると思いますが、勤務医との間では業務委託契約を締結していることも多いと思います。

ところで、先生方は、契約書に「業務委託」と記載されている場合でも、勤務実態によっては「雇用」と判断されてしまう場合があることはご存知でしょうか。

雇用と判断されてしまう場合、労働法上の様々な規制が及ぶことになりますので、勤務医との間で業務委託契約書を取り交わしている場合でも安心はできません。

今回は、業務委託と雇用との関係について説明いたします。

1 業務委託と雇用の違い

まず、法律上、業務委託契約と雇用契約はどのように区別されているのかについて解説します。

1-1 業務委託契約とは?

業務委託契約は、法的には準委任契約や請負契約に分類されます。

準委任契約は、一定の事実行為を委託する契約です。
他方、請負契約は、仕事の完成を依頼し、それに対する報酬を約束する契約です。

歯科医院における勤務医の業務形態は、特定の仕事の完成を依頼されるというよりは、歯科医院の一員として患者様の治療を行うというものが多いので、勤務医との業務委託契約は、請負契約というよりも準委任契約と分類できることが多いと思います。

1-2 雇用契約とは?

雇用契約は、契約の一方(被用者)が労働に従事し、もう一方(使用者)がこれに対して給与を支払うことを約束する契約となります。

2 業務委託契約が雇用と判断された場合の注意点

雇用契約は、業務委託契約と異なり、労働法の規制があるため、労働者保護の観点から使用者に様々な義務が課せられています。

そうすると、業務委託契約が実質的に雇用と判断された場合、使用者である歯科医院側に様々な義務が課せられることになります。

以下では、雇用契約における使用者の義務や制約について解説します。

2-1 労働法の規制

まず、雇用関係においては、歯科医院側から契約を打ち切る(解雇する)ことについて、労働者保護の観点から、厳しい規制が課せられています。

具体的には、即時解雇は、労働者側の帰責事由に基づくもの等でない限りできないとされています(労働基準法20条1項)。

また、解雇理由も、客観的合理的な理由がなく、社会通念上相当でないと認められない場合には、解雇権行使が制限されることになります。

さらに、たとえ1年や3年といった期間を限定して契約していたとしても、その期間満了をもって、契約を打ち切ることについて、以下の事由がある場合には、期間満了による契約の打ち切りは、解雇と同様であるとして、前述の解雇権の制限と同じ規制がかかります。

  1. ・実質的には無期限の契約といえる場合
  2. ・労働者が雇用継続を期待することに合理性がある場合

他にも、雇用関係と判断される場合には、最低賃金や残業代の支払義務が課されることになったり、有給休暇を与えなければならないことにもなります。(労働基準法28条、37条、39条)

これらは、労働者保護の観点から設けられている制限なので、歯科医院側にとっては厳しい規制といえます。

2-2 保険関係の規制

歯科医院で勤務している者との間で雇用関係にある場合には、以下の保険への加入を検討する必要があります。

  1. ・厚生年金保険
  2. ・健康保険
  3. ・労災保険
  4. ・雇用保険

このうち、雇用保険、労災保険は労働者を1人でも雇用している場合には加入の義務が発生します。

また、医療法人化していない歯科医院の場合、厚生年金保険や健康保険は、従業員が5人以上いる場合に加入の義務が発生します。

そして、上記保険の保険金を支払う場合、健康保険及び厚生年金保険については歯科医院と従業員が半分ずつ、雇用保険については歯科医院:勤務医=1:2の割合、労災保険については歯科医院が全額をそれぞれ負担しなければならないとされています。

2-3 雇用関係と判断された場合に会社が負うことになる責任

雇用関係にはならない業務委託契約だと考えて、勤務医と契約していたにもかかわらず、事後的に雇用関係であると判断された場合、歯科医院が負う可能性のある責任は以下のようなものがあります。

  1. ・解雇等無効による賃金支払義務
  2. ・所定労働時間を基にした残業代や休日出勤の割増賃金の支払義務
  3. ・労働基準監督署の指導や労働基準法違反による罰則の適用
  4. ・過去2年分の保険料支払義務

これらは、歯科医院にとって、予想外の高額な出費となる可能性がある事項ですので、業務委託契約を締結している場合には、事後的に雇用関係と判断されないように対策を行う必要があるといえます。

3 雇用関係であると判断されるか否かのポイント

業務委託契約が雇用関係と判断されないように対策をたてるためには、雇用契約と判断される事象を可能な限り排除する必要があります。

この点、雇用関係にあると判断されるのは、その働いている人が「労働者」性を有している場合です。

労働基準法における労働者の定義は以下のとおりです。

第9条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

この労働者に当たるかの判断においては、以下のような要素に分解して検討することが重要です。

  1. ①使用性
  2. ②賃金性
  3. ③事業性や専属性その他の補助要素

3-1 ①使用性(指揮命令関係)

使用性とは、簡単にいうと、勤務医が使用者である歯科医院側の指揮命令のもとで働いていることをいいます。
使用性の判断要素としては以下のものがあります。

  1. ・業務依頼の諾否の自由の有無
  2. ・業務遂行上の指揮監督の有無
  3. ・勤務時間場所の拘束の有無
  4. ・代替性の有無

患者様の治療に関して勤務医に諾否の自由が任されている場合、勤務医は歯科医院の指揮命令を受けていないものとして使用性は弱いと判断されます。
これは重要な要素です。

これと関連して、業務を行う上で、業務の進め方などについて歯科医院側から具体的な指示を受けている場合には、使用性は高まってしまいます。

また、勤務時間や勤務場所が指定され、これに拘束される形態であれば、歯科医院の指揮命令を受けているということにつながりやすく、使用性が高まります。

たとえば、他の従業員と同様に、定時に歯科医院に出勤させて業務を行うように強制するような場合には、これにあたることになるでしょう。

代替性について、本人に代わって他の者が仕事をすること(再委託)や、補助者を使って仕事をすることが認められているなど、他人が代替できるような仕事をしている場合には、歯科医院との指揮命令関係は薄いといえますが、代替性のない仕事をしている場合、歯科医院からの指揮監督が働いているといえ、指揮命令関係が強いといえます。

なお、代替性は、使用性の判断にあたっては、補助的な判断要素と位置づけられています。

3-2 ②賃金性(報酬と労務の対償性)

賃金性とは、労務と報酬とが対償関係にあることをいいます。

労働基準法では、賃金性について、以下のとおり規定されています。

第11条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。

たとえば、報酬が時間単位で計算されるなど、労務提供の時間の長さに応じて報酬額が決まる場合には、労務対償性が強いということができます。

具体的には、一定時間の労働とそれに対する報酬額を決めており、働いた時間が足りない分を差し引いたり、逆に、超過した分を通常の報酬とは別の手当などで支給するという場合は、これにあたるかと思います。

他方で、時間ではなく業務の成果に対して報酬が発生するようなら、労務対償性が薄く、業務委託に近いものと判断されます。

具体的には、依頼する業務と報酬が紐づけられており、その業務をするにあたりどの程度の時間がかかったかにより、報酬額が変動しないような場合です。

3-3 ③事業性や専属性その他の補助要素

上記のとおり、労働者性は使用性及び賃金性を主に考慮して判断されるものです。

しかし、事案によっては、使用性や賃金性の要素がないとはいえないが強くないなど、この二つの要素だけでは判断が難しい場合もあります。

その場合には、以下のような補助要素をも考慮して労働者性を判断することがあります。

  1. ・事業者性の有無
  2. ・専属性の有無
  3. ・公租公課の負担

事業者性とは、機械・器具など業務に必要な道具を自己負担していたり、必要経費等を負担していたりする場合に認められます。

指揮監督といった歯科医院との関係ではなく、勤務医が自らの計算と責任において事業を行う「事業者」としての属性に着目する要素です。

事業者性が強いと認められる場合には、労働者性が認められない消極的要素となります。

専属性とは、他の歯科医院等の業務への従事が事実上制約されているかという要素です。

勤務時間場所の拘束がなくとも、契約などによって、他社の業務への従事が事実上制約されている場合、歯科医院への専属性が強いとして、労働者性を認める方向の積極的要素となります。

公租公課の負担とは、源泉徴収の有無や社会保険料の控除がされているかなど、労働者性が認められた場合の効果に着目した判断要素です。

前述したとおり、労働者性が認められる=歯科医院と雇用関係にある場合には、社会保険への加入義務があるので、これらを負担していることを前提とした行動を歯科医院がとっている場合には、働く側の実態は業務委託ではないのではないかと推認しうるという意味で、労働者性を認める方向の要素となります。

4 まとめ

勤務医との間で業務委託契約を締結しているにもかかわらず、事後的に雇用関係と判断されてしまった場合には、歯科医院は想定外のリスクを抱えることになります。

その意味で、業務委託契約の文言や勤務医の業務実態には注意を払う必要があるといえます。

勤務医との間で業務委託契約を締結している歯科医院様は、これを機会に、業務委託契約書の文言等をチェックされてみてはいかがでしょうか。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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