勤務医・従業員の引抜き・独立対策
歯科医師人口が増える中、歯科医院を経営している先生方にとって、患者様の無用な取合いや足の引っ張り合いは絶対に避けたいところです。
もっとも、勤務医や従業員が近所の歯科医院に引き抜かれたり独立したりした場合には、そのような問題が生じる可能性が高まってしまいます。
では、そのようなトラブルを未然に防ぐ方法はあるのでしょうか。今回は、勤務医・従業員の引抜き・独立対策として、勤務医や従業員が退職後、近所で同様の業務を行うことを防ぐ方法があるか否かにつき説明いたします。
目次
1 勤務医・従業員には転職の自由が保障されている
憲法上、国民には職業選択の自由が保障されており(憲法22条)、職業選択の自由の中には転職の自由も含まれています。
すなわち、日本において、従業員が自由に転職することは、憲法によって保障されているといえます。
2 競業避止義務
もっとも、転職を無制限に認めると、勤務医や従業員に歯科医院のノウハウや患者様を簡単に持ち去られてしまう可能性があります。歯科医院側としては、長年かけて培ってきたノウハウや患者様を奪われることは避けたいところです。
このようなリスクを防止するために、勤務医・従業員に対し、転職の範囲を一定程度制限する競業避止義務を負わせるという方法があります。
以下では、競業避止義務を課すことができるための条件・範囲について説明します。
2-1 競業避止義務とは
競業避止義務とは、従業員が、使用者と競業する(顧客を取り合う関係にある)企業に就職したり、自ら競業事業を営んだりしてはならない義務をいいます。
競業避止義務は、労働者の就業・事業活動を制限するものであり、職業選択の自由(憲法22Ⅰ)に対する制約になるため、認められるための要件は厳格に考えられています。
2-2 勤務医・従業員に競業避止義務を課すための条件は?
まず、在職中の競業避止義務は労働契約に付随する誠実義務として当然に発生するものと考えられますが、退職後の競業避止義務に関しては、当然に義務として発生するわけではなく、使用者と労働者の合意によって生じると解されています。
そのため、歯科医院側としては、勤務医・従業員との間で、退職後の競業避止義務に関する合意をすることが必要となります。この合意は就業規則などに競業避止義務に関する規定を定めるだけでなく、個別に合意することが望ましいといえます。
また、合意をしたからといって競業避止義務が無制限かつ未来永劫的に認められるわけではありません。裁判例では、以下の事項を総合的に考慮して、競業避止義務の有効性が判断される傾向にあります。
- ①守るべき利益・競業を禁止する必要性(ex使用者の正当な秘密の保護)があるか否か
- ②労働者の地位が競業避止義務を課すのに相応しいものであるか否か
- ③制限を受ける期間、場所的範囲等が相当なものであるか否か
- ④適切な代償措置が講じられているか否か
2-3 勤務医・従業員に課すことができる競業避止義務の範囲は?
競業避止義務が無制限かつ未来永劫的に認められるものでないとすると、先生方としては、勤務医・従業員に対してはどの程度の義務を課すことができるのか、ということを疑問に思われると思います。
この点、競業を禁止する必要性は個々の歯科医院にとって異なりますし、その範囲は地域性にもよりますので、一概にどの程度であれば競業避止義務が認められる、などということは言えませんが、少なくとも、競業を禁止する期間及び場所的範囲については限定する必要があるといえるでしょう。
そうすると、競業避止義務の期間・範囲として、例えば、勤務医に対し、退職後1年間、半径3キロメートル以内の医院で業務を行わないという合意をすることになるかと思います。
また、競業の必要性は職種によっても異なりますので、資格を持たない従業員に対して、勤務医と同等の競業避止義務を課すことは難しいのではないかと思います。
就業規則や個別合意の際に記載する条項の例文としては、以下のようなものとなります。
第●条
勤務医は、在職中及び退職後●年間、本医院の半径●キロメートル以内の場所において、本医院と競合する他の医院又は企業に就職すること及び競合する医院・事業を営むことを禁止する。
2 従業員は、在職中及び退職後●か月間、本医院の半径●キロメートル以内の場所において、本医院と競合する他の医院又は企業に就職すること及び競合する医院・事業を営むことを禁止する。
3 もし近所の歯科医院に引抜き、又は独立されたら?
競業避止義務に関する合意をしていたにもかかわらず、勤務医・従業員が近所の歯科医院に引抜き又は独立した場合、どのような対応ができるのでしょうか。
3-1 勤務医・従業員との関係
まず、競業避止義務の定め・合意が有効であれば、同義務違反を理由に、勤務医や従業員に対して損害賠償を請求することができます。
この場合、勤務医・従業員が同義務に違反したことで、どの程度の損害が生じたのかという損害の算定方法がよく問題となります。単純に引抜き・独立後に歯科医院の売上げが減少したというだけで売上減少分が損害と認定されるわけではなく、その主張立証には困難が伴います。
また、就業規則等に、競業避止義務に違反した場合に退職金を不支給又は減額にする旨の定めがあれば、そのような措置をとることも可能です。
さらに、就業規則等に、競業の差止め条項が記載されている場合、差止請求をすることができますが、差止めが認められるための要件は相当厳格であり、基本的には認められないと考えた方が良いです。
3-2 競争相手との関係
競争相手による引抜行為が社会的相当性を逸脱する背信的方法で行われた場合には、その引抜行為が不法行為に該当し、当該競争相手は歯科医院に生じた損害を賠償する責任を負います。
もっとも、この場合にも損害の主張立証について上記と同様の問題が生じます。また、請求する側は、引抜きが社会相当性を逸脱することを示す証拠を提出する必要があるため、この点でも立証には困難が伴います。
4 まとめ
以上まとめると、
- ・従業員には原則として転職の自由が認められる。
- ・退職後の競業避止義務が認められるためには、合意が必要である。
- ・競業避止義務が認められる期間や範囲は限られている。
- ・競業避止義務の定め・合意が有効である場合、相手方に対して損害賠償請求等をすることができるが、請求が認められるための立証には困難が伴う。
ということになります。
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