患者さんからの診療録等開示請求・貸出請求への対応

 権利意識の高まりとともに、患者様から診療録等開示請求・貸出請求がなされることも増えてきていると聞きます。今回は、そのような請求がなされた場合にとるべき対応について説明いたします。
 なお、以下の説明は、「患者様本人」からの開示・貸出請求を前提に記載しており、「第三者」からの開示・貸出請求については記載していないので、予めご注意ください。

1 診療録等開示請求への対応

 まず、患者様から診療録等を開示するよう請求された場合について説明いたします。

1-1 原則として開示義務がある

 診療録やレセプトは、患者様の氏名や生年月日等、患者様個人を特定する情報が含まれているため、個人情報(個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます)2条1項)に該当します。
 個人情報保護法において、診療録等を開示する義務があるのは、個人情報データベース等(個人情報保護法2条4項)を事業の用に供している個人情報取扱事業者(個人情報保護法2条5項)をいい、個人情報データベース等は、コンピュータを用いたもののみならず、紙媒体であっても、それが体系的に構成されたもの(例:50音順や初診日の年月日順に整理されたもの)であれば該当します。
 歯科医師の先生方は、患者様の診療録等を探し出しやすいように整理されていると思いますので、個人情報取扱事業者に該当することになります。なお、個人情報保護法改正前は小規模な歯科医院は個人情報取扱事業者には該当しませんでしたが、改正後(平成29年5月30日施行)は、規模に関係なく個人情報取扱事業者に該当することになりましたので、注意が必要です。
 個人情報取扱事業者に該当する場合、患者様本人から診療録等の個人情報の開示を請求されれば、原則として、開示に応じる義務があります(個人情報保護法28条2項)。

1-2 開示を拒否できる場合

 もっとも、以下のような事由がある場合には、例外的に開示を拒むことができます(個人情報保護法28条2項但書)。

  1. ①本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
  2. ②当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
  3. ③他の法令に違反することとなる場合

 (医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン 30頁)によれば、上記例外に該当する場合として、以下の2つの例が挙げられています。

  1. ・患者の状況等について、家族や患者の関係者が医療機関等に情報提供を行っている場合に、これらの者の同意を得ずに当該情報を提供することにより、患者と家族・関係者との人間関係が悪化するなど、これらの者の利益を害するおそれがある場合
  2. ・症状や予後、治療経過等について患者に対して十分な説明をしたとしても、患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合

 上記例外に該当するか否かは個別具体的に判断することになりますが、例外に該当する場合は多くはないので、安易に例外的事由に該当すると判断して開示を拒むという対応はリスクが高いといえます。
 なお、歯科医院側が診療録等を開示しないという決定をした場合、その旨を患者様本人に通知する必要があり(個人情報保護法28条3項)、上記ガイドラインによれば、基本的に文書により理由を説明することとし、苦情への対応を行う体制についても併せて説明することが望ましいとされています。上記ガイドラインに沿った対応をされるのであれば、マニュアル化してスタッフ等に周知すべきでしょう。

1-3 保管期間との関係

 診療録には保管期間が定められていますが(歯科医師法23条2項等)、法令上の保管期間と開示義務は別の問題ですので、法令上の保管期間を超えた診療録等についても、保管しているのであれば開示義務があるため注意が必要です。

1-4 診療録等開示請求に手数料を徴収することができる

 診療録等開示請求に対しては、記録のコピー代等、合理的な範囲において手数料を徴収することが可能です(個人情報保護法33条2項)。
 歯科医院側としては、予め診療録等開示請求に対する手数料を定めておき、その旨を院内掲示するなどして患者様に周知し、診療録等開示請求書を用意しておくとよいでしょう。

1-5 診療録等開示請求に応じなかった場合のリスク

 開示請求に応じない場合、証拠改ざん等を疑われ、証拠保全(民事訴訟法234条)や文書提出命令(民事訴訟法223条)等の裁判手続がなされる可能性があります。
 また、開示を拒否したこと自体に対して損害賠償請求を認めた裁判例も存在し(大阪地裁平成20年2月2日判決等)、歯科医院側が患者様に対して損害賠償責任を負う可能性も皆無とはいえません。
 さらに、開示義務に反して診療録等を開示しなかった場合、個人情報保護委員会から勧告・命令が出され、これに従わなかった場合には6月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります(個人情報保護法42条、84条)。

1-6 レセプトの開示に関する注意点

 患者様から健康保険の保険者に対してレセプトの開示請求がなされた場合、保険者から歯科医院側に対して、開示について意見聴取をされることがあります。
 この意見聴取は、レセプトを公開することで患者様本人の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがないかどうかの確認を行うものであり、歯科医院側が開示に否定的な回答をしても、患者様に開示されないわけではありません。

2 診療録等貸出請求への対応

 次に、患者様から診療録等を貸し出すよう請求された場合について説明いたします。

2-1 貸出義務はない

 診療録等の貸出請求に関して、これを義務として明示する法令はありません。
 そうなると、貸出しに法的義務が生じるのは、患者様に診療録等の所有権・使用権が帰属する場合となりますが、診療録等の所有権・使用権は、患者様ではなく、作成者である歯科医師の先生方にあると考えられています。
 そうすると、歯科医院側としては、患者様からの診療録等貸出請求に応じる法的義務はないということになります。

2-2 貸出請求に応じてはならない

 むしろ、診療録等を患者様に貸し出して紛失等された場合、歯科医院等は保管義務に違反することとなり、50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。(歯科医師法31条の2第1項、23条2項等)。
 さらに、貸し出している間に診療録等の記載が改ざんされるリスクもないとはいえません。
 以上から、歯科医院側にとって、貸出請求に応じることは百害あって一利なしといえますので、とるべき対応としては、診療録等の貸出請求には応じない(応じてはならない)、ということになります。

3 まとめ

 以上、まとめとしては、

  1. ・診療録等開示請求には、原則として応じるべき
  2. ・診療録等開示請求についての書式や手数料等を予め定めておくとよい
  3. ・診療録等貸出請求には、応じない(応じてはならない)

となります。
 個人情報保護法の改正に伴い、情報公開に関する歯科医院側のとるべき対応も変わってきていますので、これを機会に、自院での診療録等開示請求等への対応を再確認してみてはいかがでしょうか。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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