労働契約書(雇用契約書)のトラブルと作成のポイント~後編

 さて後編では、労働契約書作成のポイントや、トラブル事例と対処法について、ご紹介していきます。
 (「そもそも労働契約書って必要なの?」という方は、前編の記事をご参照ください。)

1 労働契約書の記載事項

1-1 記載すべき事項

 では、労働契約書には、具体的にどのような内容を記載すべきなのでしょうか。実は、労働契約については規定しなければならない具体的な内容が法定されていません。が、一方の「労働条件通知書」に関してはトラブルになりやすい項目が規定されています。
 ですから、実務上は、労働条件通知書に記載すべき内容を労働契約書に入れ込み、「労働条件通知書」兼「労働契約書」という形態をとるケースが多くあります。こうすることで書面を二つ用意する手間も省けます。もちろん、必要に応じて記載内容は増やすと良いでしょう。

1-2 労働条件通知書で明示しなければならない事項

 なお、「労働条件通知書」で明示しなければならない労働条件は以下の通りです。(労働基準法施行規則第5条抜粋)
 ちなみに、(6)から(14)の項目に関しては定めがない場合は記載不要ですが、後のトラブルを回避する為に、できれば規定しておきましょう。

(1) 労働契約の期間に関する事項
期間の定めがある場合は必ず記載しましょう。無期契約の場合も、本採用前に試用期間を設ける場合はその期間を記載します。
(2) 有期の労働契約を更新する場合の基準に関する事項
期間の定めのある雇用に関しては「更新の有無」と、更新する場合は「その基準」を明確に記載しましょう。
(3) 就業場所や業務内容に関する事項
配置転換や分院への転院の可能性などがある場合は、ここに記載しましょう。
(4) 就業時間、残業等の有無、休憩時間、休日、休暇、シフト勤務時の交代期日や順序に関する事項
時間外労働の有無や休日労働の可能性等についても記載しましょう。労働時間や休憩、休日の設定については労働基準法や時間外労働協定等で詳細に規定されていますので、そちらもご参照いただければ確実です。(別の記事でご説明する予定です。)
(5) 賃金の決定、計算・支払の方法、賃金の締切り・支払の時期、昇給に関する事項
時間外労働代の算定方法や試用期間中の給与なども記載しましょう。
(6) 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
(7) 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法、退職手当の支払の時期に関する事項
(8) 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与や最低賃金額等に関する事項
(9) 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
(10) 安全及び衛生に関する事項
(11) 職業訓練に関する事項
(12) 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
(13) 表彰及び制裁に関する事項
(14) 休職に関する事項

1-3 就業規則との重複

 就業規則と内容が重複している場合は「就業規則に準じる」旨を記載して代用できますが、使用者・労働者での確認を担保するという意味では、同じ内容であっても就業規則・労働契約書両方に記載した方が丁寧で良いでしょう。

1-4 パートタイム労働者の場合

 また、特に歯科医院においてトラブルの多い「パートタイム労働者」(1週間の所定労働時間が同一の事業所に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比べて短い労働者)に対しては、特別な規定があります。
 パートタイム労働者に対しては、上記に加えて「昇給の有無」、「退職手当の有無」、「賞与の有無」について、文書の交付等により明示することが必須とされています。(パートタイム労働法第6条)。

 ですので、パート・アルバイトも含め、全スタッフと上記を踏まえた労働契約書を作成することをオススメします。

2 労働契約書未作成によるトラブル事例と予防策

 では、最後に歯科医院において労働契約書が適切に作成されていないとどのようなトラブルが起こり得るのか、予防策と共にみてみましょう。

2-1 口頭のみでの合意

産休に入る受付職員の代わりに一年間のパート職員を採用した際、雇用期間も短いため簡単に済ませたいと労働条件等は口頭で説明して合意した。一年後、雇用期間に定めがあったとは聞いていなかったと言われた。

 口頭で合意していたとしても一度「言った」「言わない」の争いになってしまうと、その内容は検証できず、結果として、通知・合意したことを証明できない雇用者側の立場が弱くなります。また、その場では労働条件等に合意していたとしても、労働条件通知書を提示していないとして30万円、相手がパートタイム労働者なので過料の10万円を加えた40万円の罰則の支払いが必要となります。
 どのような形態の雇用であろうと必ず労働条件は通知し、できる限り労働契約書を作成のうえ、両者で内容を確認し、印鑑または署名をもらいましょう

2-2 具体性の欠如

労働契約書には「昇給あり」としか記載していなかったところ、採用後半年経過したスタッフから、「頑張って働いており、以前より仕事もできるようになったため、昇給してほしい」との申し出があった。だが、自分の感覚ではやっと最低限の業務を覚えたところで、まだ昇給させることは考えられない。

 昇給の条件を具体的に記載していなかったため、認識の相違が起こっているケースです。改めて昇給の基準を説明したとしても、一度意向が食い違ってからではスタッフの離職や医院内の雰囲気悪化につながる可能性もあります。
 このように、契約書の記載事項に曖昧な点があるとトラブルの原因となります。昇給基準や金額・日数などは可能な限り具体的に定め、あらかじめスタッフと確認するようにしましょう

3 まとめ

 労務トラブルを回避するには採用時の最初の認識合わせが重要です。歯科医院は職員の入れ替わりのサイクルが早いといわれていますが、「労働契約書は義務でもないし、作成に手間がかかるし、必要ない」と考えると、後のトラブルを招く危険性が高まります。

ぜひスタッフの皆さんへ労働条件について説明して合意を得て、その内容を労働契約書という形で残しておきましょう。
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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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