歯科医が知っておくべき労働時間の考え方

 最近、長時間労働に関するニュースや働き方改革というスローガンを耳にすることが多くなっています。従業員を雇用する立場の先生方としては、労務問題に関するニュースは気になるところだと思います。
 そこで、今回は、労務問題のうち、労働時間の考え方について説明いたします。

1 労働時間を把握する必要性

 多くの歯科医院では、従業員の労働時間を管理する方法として、タイムカードや出退勤表を用いています。
 もっとも、相談を受けると、出退勤表における労働時間の算定方法が法的に正しくないケースも見られます。
 労働時間の管理ができていない場合、未払賃金の請求等のリスクが生じることになるので、歯科医院側としては、適切に労働時間を管理する必要があります。
 そのため、先生方としては、賃金支払の前提となる労働時間の考え方について正確に理解しておく必要があるといえます。

2 労働時間の概念

 賃金支払の基準となる労働時間(労働基準法32条)とは、行政解釈では「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」をいい、判例(最高裁平成12年3月9日判決。三菱重工長崎造船所事件)では、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である」としています。
 すなわち、労働時間を考えるにあたっては、指揮監督下にあるか否かが重要になります。
 そして、指揮監督下にあるか否かの考慮要素としては、①強制の程度、②業務との関連性、③時間的・場所的拘束の有無等が挙げられます。
 そうすると、労働時間か否かを判断するにあたっては、上記各要素を考慮することになります。

3 具体例~労働時間に当たるか否か~

 上記各要素からすれば、始業時間から終業時間までが労働時間に当たることは当然ですが、労働時間に含めるべきか否か判断に迷うようなものもあるかと思います。
 以下では、ご質問の多いものを例にして、労働時間に該当するか否かについて具体的に説明します。

3-1 通勤時間

 通勤時間は、業務を行うために必要な時間なので、業務との関連性は強いといえます。
 しかし、通常、通勤時間中に業務に関することはなされませんし、始業時間に間に合うように出勤すればよいため、時間的場所的拘束もありません。
 そのため、一般的に通勤時間は労働時間に当たらないとは考えられています。
 

3-2 業務の準備をする時間、業務の後始末をする時間

 他方、歯科医院側の決めた制服で業務することが義務付けられているような場合、出勤後、制服に着替える時間は、強制度及び業務との関連性が高く、時間的場所的拘束もありますので、労働時間として算入される可能性があります。
 また、朝礼やミーティングが強制の場合にも、その時間は労働時間に当たりますし、診療の準備をする行為ももちろん労働時間に当たります。
 さらに、業務終了後のごみ捨て等、業務の後始末をする時間も、強制であれば労働時間に当たる可能性があります。
 なお、出勤時間から始業時間までが自由時間という場合には労働時間には当たりません。もっとも、始業時間までが自由時間であっても、例えば遅刻が多い従業員に10分前には出勤することを強制し、指示された出勤時刻までに出勤しなければ減給するという措置をとっていた場合には、強制度が高く、時間的場所的拘束も認められるため、出勤時間から始業時間までの時間が労働時間に当たる可能性があるといえます。

3-3 研修のための時間

 歯科医院外で研修等を受ける時間も、参加が強制であり、業務としての性格が強ければ労働時間に当たります。
 労働時間は、歯科医院外であっても該当する場合がありますので、この点には注意が必要です。

3-4 訪問歯科診療のための移動時間

 さらに、訪問歯科診療を行う歯科医院の場合、訪問場所に行くための移動時間も、強制度及び業務との関連性が高く、時間的場所的拘束も認められるため、労働時間として算入されます。
 なお、保険診療における訪問歯科診療の場合、当該移動時間は診療ではありませんので、点数算定における診療時間に含めてはならないことに注意してください。

3-5 小括

 先生方のなかには、歯科医院の診療時間が労働時間だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、上記のように、診療時間以外であっても、歯科医院外であっても、労働時間として算入されることがありますので、タイムカードや出退勤表を管理するにあたっては、上記のような点に十分注意する必要があります。

4 算定すべき労働時間を算定しなかった場合のペナルティ

 法律上、8時間を超える労働時間に対しては割増賃金を支払う義務が生じるため、例えばシフト制で8時間勤務としていた場合に、上記労働時間に含める時間を考慮していないと、超えた部分につき割増賃金の支払義務が発生してしまいます。
 また、労働時間に対応して賃金を支払っている場合、算定すべき労働時間を算定しなかったとすれば、未払の賃金が発生することになります。
 賃金等が未払いの場合、使用者である歯科医院側は、以下のようなリスクを負います。

  1. ・労働基準監督署からの是正勧告
  2. ・労働者からの訴訟等
  3. ・付加金の支払(労働基準法114条)
  4. ・遅延利息(年14.6パーセント)の支払
  5. ・報道された場合等のレピュテーションリスク

 これらのリスクのいずれも歯科医院の経営に与える影響が小さくないものといえますので、先生方としては、賃金が未払にならないようにしっかりと管理する必要があります。

5 まとめ

 健全な医院経営をするためには、労働時間の正確な管理が重要です。これを機会に、自院の勤怠管理について確認してみてはいかがでしょうか。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士櫻井良太
歯科医院を経営する先生方は、診療のことだけでなく、医院の経営もしていかなければなりません。経営に関する問題は様々な法律が関わっており、一筋縄ではいかないものもあります。先生方の経営をお支えします。ご気軽にご相談ください。

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